おす♂-構造色を纏いて生きる-
モルフォ蝶という昆虫をご存知だろうか?
美しい青色の光沢を持つ羽が有名なチョウだ。興味深いことにモルフォ蝶で、このような輝く羽を持つのは主に雄らしい。この羽の輝きの意味については、はっきりしたことは分かっていないが、縄張り争いにおいて同種間であることを認識しやすくするため、あるいは雌にアピールするためではないかと考えられている。
このモルフォ蝶の美しい羽の色は羽の表面にある微細な構造が光を反射することで発生する。このように色素や染料を用いず, 細かな構造体により形成される色のことを構造色と言う。構造色は色素や染料といった化学薬品なしで生まれる色なので、色の成分が化学反応を起こすことによる色褪せが生じない。また、色素には有害性のあるものがあったり、重金属を含んでいたりすることから色素を用いずに色を形成する構造色は環境の観点からみて有用である。しかし、一方で構造色を材料の上に形成させることは手間や時間がかかり、種々の色をコントロールして発生させるにはそのための技術が必要であった。
僕の研究グループは簡易に短時間で構造色を再現性良く作る新しい手法を開発した。それは、鉛筆の芯にプラズマを照射するという単純な方法だ。さらにプラズマの照射時間を変化させることにより、赤や青や緑といった色の種類をコントロールすることにも成功した。この方法では、鉛筆の芯とプラズマ発生装置があれば、誰でも数分間で構造色を作ることができる。
この方法でどうして構造色ができるのだろうか?鉛筆の芯はグラファイトという炭素材料と粘土を混ぜて焼き固めたものである。また、プラズマは物質表面を削る(エッチングする)性質があることが知られている。鉛筆の芯にプラズマを照射することにより, 粘土よりプラズマにより削られやすい芯表面に存在するグラファイトが削られ, 粘土が残る。この粘土がちょうどシャボン玉の膜のような薄い膜となって芯の表面を覆う。シャボン玉の膜に色がつくのを子供の頃、きっと皆さんも見たことがあると思う。実はあの色も構造色なのである(しかし、シャボン玉の色をコントロールするのは難しい。また、それをずっと保存することはできない。かなり『儚い構造色』である)。シャボン玉に色がつく原理で鉛筆の芯の表面にも色が着く。この方法はカラーインクを使わずに着色するというサスティナブルな技術ということが言えるだろう。
この方法の欠点あるいは限界は色を形成させることができるのが鉛筆の芯の上という特殊な場だけであるという点である。今後は、この技術をもとに応用性の高い方法を開発していく予定だ。
モルフォ蝶の青い輝きは見る人にとってはただ美しいものだ。しかし、モルフォ蝶のオス達にとってそれは生きるための大切な武器なのだろう。そう思うと構造色の輝きも今までと違って見えるような気がする。構造色を纏わせた様々な色に輝く鉛筆の芯を見て、そんなことを考えた。